裏切り続けられて自暴自棄に。本当は安心が欲しかった叱って欲しかった女性の中絶体験談

こんにちは、咲、24歳です。

私は先月の3月23日に中絶手術を受けました。

その経緯を、この場を借りてお話しようと思います。

まとめるのが苦手なため、長文ですが、読んでもらえたら幸いです。

一昨年の12月から去年にかけ、お付き合いしてる人がいました。

そして、元彼、その人の友達兄弟2人、友達カップルと、よく遊んだり、出掛けたりするほどの仲になっていきました。

その時元彼に、人から見れば些細なことかもしれませんが、自分にとっては大きいな裏切りを受けました。

それがとても辛く、苦しかったのを覚えています。
それがきっかけとなり、元彼とは別れました。

みんな少なからず関与してたので、謝られました。
話し合いをし、結果許し、その後も普段通りに接していました。

その時元彼は本当に好きなんだと、付き合いを続けたいと話をしていました。
でも会えばごめんの後に続く言葉は、したい、触りたいばかりでした。

自分は精神的なのがいくつかあり、そしてすぐ体にでることから、仕事もできずにいました。

それに対しての家族の理解もなく、周りには相談もできなくて。

だからこそ、その人が、そのメンバーが、そんな自分にとっての、唯一の支えでした。

それを失ったことで、体ばかり求められ
『もうどうでもいいや』と、『自分なんて壊れてしまえばいいや』と、自暴自棄になり、彼と行為をしました。
誰にも相談できなくて、話せなくて、話したくて、寂しくて、苦しくて、行き場もなく、理解者もなく…

自分で行動がおかしくなっていってるのがわかっても、暴走を止めることができませんでした。

その後、別の人で前から気になってた、好きだから付き合ってほしいと言ってきた人がいました。
本気だと言われても、付き合ってほしいと言われても信、付き合うことを最初は考えました。
だけどその人とその人の友達にまで裏切られ、なにも信じられなくなりました。

10代の頃から、婦人科系にかかっていて、『子どもはできずらい』と言われていました。

『大事だから』『守るから』『支えるから『結婚したい』と、言うだけ言って、裏切られ。

そしてその間に、いろいろな事情により、友達兄弟のお母さんと、喧嘩になってしまいました。

原因は、完全にあちら側で、でも自分が悪者にされ、出禁をくらい、友達兄弟に、あの子と会うなと、また居場所がひとつなくなりました。

毎日泣き、体重も5キロぐらい減り、ストレスから頻発に倒れるようになりました。

そうなる前、避妊もせず、その人とも行為を数回しました。
寂しさや苦しさを埋めたくて。
それ以外での埋め方を、知らなくて。
家族にも見放され、周りにも見放され、愛情に飢えすぎて。
何処でもいいから、居場所がほしくて。

それが間違ってる行動だということくらい、最初からわかっていました。
でもそうなった時にはもう、いろいろな感情が壊れていました。

そんな中で、その人にも裏切られました。
別な女の人に会ってたり、元カノに会ってたりと。
仕事忙しいとかいって、実は遊んでたりと。

心の中でどろどろ渦巻いていたものが、弾けてしまいました。

そんな時、友達兄弟の弟くんのほうと、改め連絡とるようになりました。
最初は前の話になり、許してほしいとは言わない、友達カップルの人たちから話を聞いてたから、なにか力になれれば、と言われました。

その人のこととかを相談するのに、連絡取り合ったり、たまに会って話をしたりするようになりました。

そして、相手のほうから、実は元彼と付き合ってる時から気にはなってた、相談を聞いたり話してるうちに、私のふとした仕草を見て、好きになったと言われました。

頭も心も、がこんがらがってしまいした。
でも、弟くんに救われた部分もありました。

でも自分には、普通の人と違うとこがあって。

いろいろあって『好き』という感情そのものが、わかりません。

元彼もそれを知った上で付き合ってたし、その後に関係もった人にも簡易的に説明はしていました。
その弟くんも、私が元彼と付き合ってる時から、そのことは知っていました。

だけど、『好き』と言われたことにより、自分に対しての、存在の罪悪感がわいてきました。

会って、話して、たまにどっかでかけて。
一緒にいる間は、安心したりほっとしたりしました。
それでも家に帰ると、苦しくて居場所がありませんでした。

きっと、家族にないものを、自分は求めていたのだと思います。
親にも兄にもなにも話せず、いろいろ責められるために元彼と別れた、ということも、話せずにいました。

どんな形であれ弟くんの側しか、居るところがなかったのです。

その後弟くんが動いてくれたことで、お母さんが前の喧嘩のことを謝ってくださいました。

そこから、出禁が解消され、弟くんの家に行くようになりました。

そして一緒に友達カップルの家に、泊まりにいったりしました。

その間に付き合ってもいいのかな、と考えました。

でも元彼に、その次の人にされたことがあって

考えが前に進みませんでした。

自暴自棄になり、もういやだと心の中で思いながら。

その時に、弟くんと行為をしました。
お互いに求めるような形でした。

それから弟くんと数回行為をした後、元彼に貸してたお金を返してもらうために、会いにいった際、せまられ行為をしました。

そのことを、弟くんにも話しました。

それが1月下旬のことでした。

2月の最初あたりにぐらいに、体に症状がでてきました。

微熱、むかむか感、一番酷かったのは頻尿でした。

体調崩して熱でることもしょっちゅうだし、時期的寒いからかな、と思ってました。

生理予定日が、2月21日でした。

でも念のため検査しようと、検査薬23日に使いました。

結果は、陽性でした。

その時、頭が真っ白になりました。

その日弟くんと会う予定にしていたので、会って検査薬に陽性反応がでたことを話しました。

喜んでくれました。

産んでほしいと言ってくれました。

仮に元彼の子でも、俺は育てると言ってくれました。

その時の自分は、産むか産まないか、考えがまとまってませんでした。

でも話し合いするなかで『中絶したほうがいいのかもひれない…』と考えてました。

弟くんが、自分のお母さんに私が妊娠したことを話しました。

お母さんも、産んでくれと言ってました。

考えても考えても、答えがわかりませんでした。

次の日に、元彼にも妊娠したことを話しました。

そうか、とだけ言われました。

その次の日に、弟くんとお母さんと、病院に行きました。

検査でエコーを見た時、米粒ぐらいの大きさのがころっと小さく見えました。

その時に、『産みたいな』と、ふと頭をよぎりました。

でもそこからが、地獄でした。

最初に兄に話しました。

その後に親に話しました。

その日弟くん、そのお父さんとお母さんが私の家にきました。

ちゃんと話はしてました。

くるなら一人できてと。

でも3人できたことに対して聞くと、一人で行くといったけど、親がいくときかなかった、一人では行かせないと言われたと言われました。

家族間は完全にヒビが入り、毎日毎日いつも通りいつも以上の酷い言葉を言われ続けました。

弟くんは、最初は産んでほしいと言ってたのに

話し合いしようとすれば喧嘩はかりで

徐々にズレが生じてきました。

『産みたい』と思ったことを言う機会も作れず

『好きかどうかわからなくなった』と弟くんに言われ。

後にそれはいろいろ考えて、一緒にいたらいけないと思ってついた嘘だったと、本当はずっと好きだと言われました。

というのは、私の家族が大反対してたからです。

自分としては、体が弱く通院や入退院を繰り返したり、体調も崩しやすい体面のこと。

精神的に普通の人より耐性がつきづらく、傷つきやすいことが理由にもあげられますが、家族の主な理由は体裁、でした。

あとは仮に私たちが結婚しても、あっちの親と関わりたくない。と、言われていました。

そして跡取りの問題。

兄さんは跡取りには難しいから、と弟くんを跡取りにさせたいとお父さんとお母さんは言っていました。

だけど私には地元を離れたい理由があって、跡継ぎはしたくないときっぱり弟くんにも言いました。

それでもいいから一緒にいてほしいと、弟くんに言われましたが、弟くんのお父さんお母さんはあまりよく思ってませんでした。

それらがきっかけとなり、おろすことを決意しました。

あともうひとつは、私が妊娠したと報告した夜、弟くんんのお母さんがお父さんに『もし咲が○○の子どもできてたとしたらどうする?』と聞いたそうです。

その時に『咲の腹からでてくる子どもなんか見たくない』と言われたと聞きました。

嫌で嫌で仕方なく、妊娠してた同時、一番傷ついた言葉だと思います。

後になり、跡継ぎはしなくてもいいから、とも言われましたが、それなら最初に言ってほしかったと思いました。

家族にも毎日言葉の暴力で心を殴られて。『好きじゃなくなった』と言われて。

ずっと部屋にこもってました。毎日毎日泣いてました。

心に余裕なんて、こうなる前から、ありませんでした。

2回目の病院に親と一緒に行きました。エコーを見た時、中絶すると決めた気持ちが揺らぎそうになりました。

そこの病院では入院の手術しかやってなかったので、日帰りの手術ができる病院を探すことにしました。

診察室を出たとき、涙が止まらなくなりました。

自分で産む産まないと命の選択を決めた以上、どんな形であれ、揺らいじゃいけないと思いました。

『中絶する手術の日取り決めたから』と冷たく弟くんに言いました。

でも、本音を言えば…

好きだと思ってくれてたのであれば、一番辛かったあの時、支えてほしかった、側にいてほしかった。

独りにしないでほしかった。

独りが、辛くて、苦しかった。

それを他の誰でもない、一人にわかってほしかった。

『好きじゃなくなった』と言われたから、それならいっそこの子と一緒に死ねたら…と考えたりもした。

好きなら『好き』と言ってくれてたら、そこまで追い詰めて考えなくても答えひとつでよかった。

でも、それ以上に辛いのは、一番苦しいのは

『子ども』なんだってこと、わかってほしかった。

手術は、3月23日、全身麻酔で行われました。

かかった費用は約9万、いろいろ含めて約15万かかりました。

最後にエコーで子ども見たときに、胸がぎゅーと張り裂けそうなほど苦しくなったのを覚えてます。

目を覚ました時、現実と区別がつかないくらい、視界が歪んでました。目がぐるぐる回ってる感じでした。

その後追うように徐々にお腹が痛くなりました。

生理痛がめちゃくちゃ強いような、半端ない痛みでした。

最初に思ったのは、『ごめんなさい…』でした。

口に出して喋っていました。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいって、ひたすら声を押し殺し、泣きながら。

だけど、この気持ちは、男の人には絶対わからない。

体が傷つくのは、女のほうだから。

残るのも、女のほうだから。

だからこそ、安心がほしいから、手をぎゅってしてほしかったんだと思います。

手術が終わって、ぽっかりお腹にも心にも穴があいた気がしました。

満たされるわけでもない、でもお腹になにかいれてないと落ち着かなくなって、無理矢理食べ物を詰め込むようになりました。

処方箋ででた薬も飲まなきゃいけないから、余計にそう思ったのかもしれません。

でも、食べてることに罪悪感を覚えました。

『身勝手で、殺してしまったのに…』と。

それは他の私生活でも同じでした。

そして独りぼっちだと痛感して、もし産んでたらなにかちがかったのかな…とふと考え後悔したり、涙がすーっと知らず知らず流れてたりもします。

術後から1週間たち、再度病院に行き、エコーを見て空っぽになったその場所を見て、まるで砂がサラーっと流れてくような感覚になりました。

そして、なにもないようなら、治療はこれで終わりですと、でももしなにかあった場合にはまたきてくださいと言われ、治療は終了しました。

長々と書きましたが、これを読んだ方々にわかってほしいのは、もし、身近に異姓関係が荒れてたり

自暴自棄になり体も心も大事にできなくなっている、そういう人がいたら、手を差し伸べてあげてください。

そしてその手を取って、怒るのではなく、叱ってあげてください。

ただ傷つけるための言葉でなく、相手を想った言葉を相手に伝えてください。

表面的なものでなく、真相心理に近づいてあげてください。友達でも、家族でも、恋人てまも。

そうすればきっと…少しずつでもこいうことは、減っていくと、私はそう願います。

長文にお付き合いくださり、ありがとうございました、

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