誰にも相談出来ずに中絶をした高校生の体験談

私が中絶手術を行ったのは高校3年生の時でした。当時付き合っていた同い年の彼氏との間にできた赤ちゃんです。
その彼氏は同じ学校ではなく、アルバイト先で知り合った別の高校に通う男の子でした。

妊娠したことに気づいたのは、ありきたりですが生理が来なかったからです。当時は生理周期が不規則なこともあり、ただ遅れているだけだと思っていました。でも心のどこかで「もし妊娠していたらどうしよう・・・」という不安な気持ちもありました。生理予定日を2週間ほどして、妊娠検査薬を使いました。

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妊娠検査薬をドラッグストアで購入するにも非常に勇気が要りました。当たり前ですが、制服のまま学校帰りに買うことはできません。一旦家で少しでも大人っぽく見える服装に着替えて、自宅から遠いドラッグストアへ行き購入しました。特に店員さんに不審がられることもなく、すんなり購入できたのは幸いでした。

すぐさま家に帰り、誰にも知られないようにこっそりトイレで検査しました。取扱説明書には尿をかけて数分待つというような記載がありましたが、待つ必要はありませんでした。尿をかけている時点で陽性反応が出てしまったからです。

「まさか」という気持ちと「やっぱり」という気持ちが混じっていて、これから先のことを考えるととても怖くなりトイレにこもって泣きました。
もちろんちゃんと避妊はしていました。コンドームをつけていても妊娠してしまうこともあるんだと知りました。彼氏も私も異性と付き合うのは初めてで、当然そういった性行為も初めてだったから、コンドームの取り扱いに慣れていないということも大きかったと思います。
誰かに相談したかったです。
でも誰にも相談できませんでした。
私の父は非常に厳格で、彼氏がいることすら内緒にしていました。それなのに妊娠したなんて言ったら絶対怒られるし殴られる。もしかしたら家を放り出されるかも知れないと思うと絶対言えませんでした。友達に相談しても同じです。もしかしたら学校中の噂になって先生にもバレて父に連絡が行くかも知れません。悩みに悩んで彼氏に打ち明けることにしました。

彼氏を呼び出し、妊娠したことを伝えました。結婚という話には至らないかもしれないけれど、それなりのことはしてくれる、一緒に悩んでくれると思っていたんですが、彼氏から言われたのは「それ俺の子じゃない」でした。

妊娠を知った時よりも彼氏からの「俺の子じゃない」という一言がとてもショックで辛かったです。同じ高校3年生逃げたいのはわかります。でも当時の私には死にたいくらい辛いことでした。

私はシングルマザーへの道を選ぶという選択はありませんでしたので道は中絶しかありませんでした。彼氏は当然中絶費用を出してくれません、父にも言えません。私は小学生の頃両親が離婚しているのですが、母に頼ることにしました。
離婚してはいましたが、母の連絡先は知っていました。母に妊娠がわかってからのことを泣きながら伝えて父や学校にバレないように中絶手術費用の援助や同意書へのサインをお願いしました。

母の住んでいるところにある産婦人科へ行きました。大きな病院は入院が必要になるということで、日帰り手術が可能な開業医を選びました。待合室では妊婦さんがとても眩しく見え、待っている状態が辛かったです。私はその日のうちに診察と中絶手術と両方を行ってくれるものだと思っていたんですが、診察と中絶手術の説明を聞き、実際の手術は後日になりました。病院によって違うのかもしれませんね。

手術当日はとても不安で怖かったです。自分のことが優先され、お腹の赤ちゃんのことを「かわいそう」だとか「ごめんね」という気持ちは出てきませんでした。朝一番に病院へ行きました。中絶手術は全身麻酔をしていたので、実際何をされていたのかはわかりませんが、膣から器具を入れて胎児を掻き出すもので、母の話によると20分ほどだったそうです。それから30分くらいで麻酔が覚め、身支度を整えて帰りました。

本当にあっけなかったです。出血があったので整理用ナプキンをあてていました。この出血は2週間近く続きました。術後の痛みが少しありましたが、日常生活に困るというほどではありませんでした。子宮の痛みよりも胸が張った間隔が数日続きました。具体的に体のどこが、というわけではないんですが、どことなく体調がすぐれないという状態は1ヶ月ほど続きました。

中絶にかかった費用は約10万円ほどでした。私にとっては大金ですが、母にとっても大金です。私はそれまで働いていたアルバイト先を辞め、別のアルバイトを始め母にちょっとずつお金を返しました。母がいてくれたおかげで、父や学校や友達にバレることなく中絶できましたが、妊婦さんや小さい子供を連れている人を見るとちょっと辛かったです。

今は結婚し2人の娘がいますが、子供を生んで育てた今になって中絶した赤ちゃんに対して「ごめんね」という気持ちが出てきています。娘達が将来大きくなって私のような経験をしないで欲しいと切に願っています。

現実を冷静に考えた結果中絶を決意した大学生の体験談

中絶手術を行ったのは大学4年生になる前の春休みです。ですから、年齢は当時は21歳でしたが、数えでは22歳ですね。そして、中絶手術を行った病院についてですが、具体的な病院名を出すことはできませんが、都内の産院とだけ言っておきます。総合病院ではなくて、個人で開業されている産院です。なぜその産院にて中絶手術を行ったのかと言いますと、インターネットで見て評判が良さそうだったからです。実は大学の友達には誰一人として、妊娠したことを相談はしていませんでしたので、自分でインターネットで中絶手術のできる病院を探したのです。

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もう、妊娠がわかった時点で「産む」という選択肢はなかったですね。そこそこに良い大学に在籍をしていましたし、ここで私が中退をして子育てに専念するとしても、相手も同じ学年の学生でしたので、生活費がないわけです。それに、中退をしてしまいますと、それこそ就職がないわけです。もちろん選ばなければ、就職はあるでしょうけれど、しかし大学をあと1年で卒業するのですから、大学を卒業して就くことができる仕事との差はあるわけです…などと、結構淡々と考えて行きました。

妊娠検査薬にて判定が出たときには驚きましたが、しかしその直後に妙に冷静な自分がいて、だからこそ中絶手術を行うことを撰択したのです。彼氏は生んで育てる気満々だったのですが。しかし彼氏が生むわけでもないですし、ましてや「生活費はどうすんの?就職は?」という現実的な問題もありましたので。

ですから結論として、彼氏に結婚の約束をさせ産婦人科医院にて中絶手術を行うことに決めたのです。それと、友達には誰一人口外しないことも条件に!誓約書も書かせました。

それで中絶手術を行うに当たって知ったことなのですが、産院に行ってすぐに中絶手術を行ってもらえるわけではないのですね。初診のときは、膣内エコーと尿検査などをおこなったのみで診察自体は終わりました。その後は先生との話ですが、拍子抜けするほどにあっさりしたものでした。二人とも不完全な避妊を咎められるかと覚悟していたのですが、生む意志の確認と、中絶に際して必要な書類、それに中絶費用やスケジュールの日程等、結構淡々と説明されました。「学生さん?」「しっかりしなきゃいけませんね」と、軽くチクリとは言われましたが。

それから初診のときにて中絶手術を行う日程を決めました。ちなみに初診のときに妊娠5週目でしたね。先生によりますと、「形がいびつであったため、放っておいても流産する可能性が高い」ということでしたが、流産をしたとしても、受精卵が完全に出てくるとは言い難いため、流れてくるのを待つのではなくて、手術しましょうということになりました。どちらにせよ中絶を決めていましたので、手術を行うことには変わりないのですが。

そして、中絶手術は初診から8日後のだいたい妊娠7週目のときにおこなわれました。その日の朝9時から採血をしたり尿検査をしたり、心電図をとったりと、身体の検査に1時間ほど費やしました。その後は病室で点滴です。手術の1時間前ぐらいには、筋肉注射も打ちましたね。そして、病院へ来てから3時間ほど経った頃に、中絶手術はおこなわれました。

私は車いすで手術室へと移動して、その後は台に寝て、睡眠薬と静脈麻酔を点滴から身体に入れました。そして目覚めたときは病室でした。病室で待機していた彼氏によりますと、時間は30分ぐらいだったということです。手術後すぐに目覚めましたが、そのときはまだ手足に麻酔のしびれが残っていました。そしてその後2時間ほど眠りました。それからまた身体を検査して異常がなかったので、その日はタクシーで帰りましたね。この時点でだいたい15時ぐらいだったと思います。

そして、それから1週間後に検査のために産院を訪れて終了です。ちなみにお金は3回ともその都度お金を払っています。中絶手術をおこなった2回目は検査費用や日帰り入院費用など、諸々含めて15万円ほど。初診と最後の診察は千円もかかっていなかったように思います。

卵巣の病気が原因で中絶を余儀なくされた30代女性の体験談

現在40歳になる主婦のはなです。31歳の時に愛知県の藤田保健衛生大学付属病院で中絶した経験があります。

25歳の時、職場で突然激痛が腹部に現れました。今まで経験したことのない程の痛みだったので、すぐに病院に行ったところ、卵巣嚢腫であることが分かりました。それ以降、定期的に婦人科へ通院する日々が続きました。始めは、手術は行わずに様子を見る事になりました。ですが、生理の度に襲う痛みが年々強くなっていき、痛み止めでは抑えられないぐらいになっていきました。そこで、嚢腫摘出手術を31歳の時に受けることになりました。

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29歳の時に結婚したこともあり、主人が病院へ付き添ってくれていました。そして手術前日、看護師の問診の際、微熱が続いていることに気づきました。すぐに妊娠検査をしたところ、陽性反応が出ました。妊娠していたのです。すぐに手術は中止となりました。医師の説明では、妊娠したまま手術を受けることができるとのことでした。ですが、家族から反対の意見が出ました。特に実母からは、私の体に大きな負担がかかることを懸念し、中絶を強く勧めてきました。主人は、私の決断にまかせるとのことでした。

結局、実母の強い希望に沿う形で、中絶の道を選びました。嚢腫が大きくなっていることもあって、妊娠途中ではぜるなどの危険があったからです。主人は、子供ができたことをとても喜んでいた反面、私の体の負担を心配していたので、特にこの決断に反対しませんでした。この決断を医師に伝えたところ、中絶という決断に驚いていましたが、患者である私の意思を尊重してくれました。そして、中絶するならなるべく早い方がいいということで、妊娠10週目にあたる時期に行うことになりました。

中絶手術は、掻爬法というキュレットというスプーン状の器具で胎児や胎盤を除去する方法で行われました。中絶費用は保険が適用されないため、10万前後の実費だったと思います。入院は2日程で、体調に合わせてすぐ退院することができました。

当時、妊娠自体初期であったので特にお腹も膨らんでおらず、妊娠しているという実感があまりありませんでした。ですが、中絶後、麻酔から覚めた時、病院のベッドが真っ赤に血で染まっているのを見た時に、何ということを私はしてしまったのだろうという気持ちになりました。手術前には、初期なのでそれほど出血もないだろうという説明でしたが、予想以上の出血量でした。その真っ赤に広がる血を見た時、これがお腹にいた子供の血なのだと思い、震えが起こるほど愕然としました。子供の命を自らの判断で消してしまったのです。自分の体のことばかり考えて、この決断をしてしまったことをとても後悔しました。ですが、もう二度と元に戻すことはできません。その夜は、ベッドで一人ずっと声を出さないように泣き続けました。

同じ病室に、双子を今まさに出産してきたという女性がいました。まだ麻酔が効いてもうろうとした状態だったようですが、子供のことをしきりに気にしていました。腹部を開いて出産したため、傷口の痛みがあったようですが、自分のことよりも子供のことを気にしていました。その女性の看護師とのやり取りをカーテン越しに聞きながら、自分のした罪深さを強く感じました。

そして、10年近く経った今でも、中絶をした日のことを鮮明に覚えています。この10年の間、近所の子供を見たり、友人の子供を見たりする度に、常に後悔という波が襲ってきます。中絶をする理由は人それぞれだと思います。ですが、その後その中絶したという事実を背負って生きていくことになるのを十分考えた上で、決断する必要があります。中絶してしまったら、その子供の命はそこで途切れます。本当にそれは重い後悔が残ります。1人の人間の運命をその場かぎりの思いで断ち切ってしまうのではなく、熟慮に熟慮した上で、それしか道が残されていないとなった場合にのみ中絶という道を選ぶべきです。

4人目の子どもで中絶をした30代女性の体験談

ニックネーム なお
年齢 36歳
中絶の理由 子供が3人いるということが中絶をした理由です。
治療内容 治療内容としては妊娠検査をして産むか産まないかを決め、産まないとしたときに中絶の同意書を記入しました。とくに治療はなかったと思います。
治療期間 治療期間は妊娠の診断をしてから中絶をするまでは2週間ほどでした。
中絶費用 かかった費用は手術前に1万円。手術に9万5千円。手術後の診察に3千円かかりました。

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感想
発覚したのが妊娠しているのがわからなかったくらい子育てに忙しい時期でありまして、産まないと決めるのには時間はかかりませんでした。もちろんできれば産みたいと思いましたがこれ以上子育てがハードになるのは限界でした。以前に流産の経験がありましてそのときの処置と同じように中絶手術が行なわれると聞きましたのですべて内容を納得しての手術に同意することができました。中絶できる期間というものが決まっているのでリスクが少ないうちに手術をしたいと希望しました。当日は絶食と帰りは車の運転をしないことということで説明もあっさりとしたものです。これが産むと決めたならばおめでたいことであって産まないと決めたものには冷ややかな感じなのだなと思いました。主人も中絶手術には同意していましたので当日は病院への送り迎えをしてくれました。3人子供がいるので中絶するということはそんなに悲しいこととは思えない自分がいたのですがやはり後になって後悔はありました。
手術は全身麻酔をかけられるところから始まりました。呼吸確認のために鼻の下に紙を付けられて麻酔を打たれると意識が遠のいていくのが分かりました。遠い意識の中でもドクターがいる気配や会話が遠くから聞こえている感覚はありました。かすかに痛いという感覚がありそのときに中絶手術の壮絶さを感じました。おなかの中で生きているものをかき出しているのですからそのことを一瞬でイメージしてしまってとても悲しくなりました。自分の意志なのか叫んだという記憶があります。もちろんこれは夢の中なのか現実なのかは分かりません。
もう少しで終わりますよという看護師さんの言葉が聞こえたような気がして一生懸命に意識をしっかりさせようとするともうすでに手術は終わっていました。看護師さんに支えられて別室に歩いて移動してそこからしばらく寝ていたような気がします。朝の10時に手術が始まり別室で寝て目が完全に覚めたのが午後の2時くらいです。手術自体はそんなに長い時間ではないと思いました。時間の経過はよく記憶にありませんでしたが自分が感じているよりも短い時間であったのでしょう。
夕方の4時くらいに看護師さんに具合はどうかと聞かれ大丈夫だと伝えると帰ってもいいということになりました。主人に迎えにきてもらい帰路についたわけですが自宅に戻ってから子供たちの顔を見るとなんだか悲しくなりました。本当なら妊娠は嬉しいということなのにそれを失ってしまったということが後悔の念がありました。
一日ゆっくり過ごした後に普通に生活をし始めました。なんとなくですが気持ちは出産後に近い不安な感じでありました。しかし妊娠が終わったということで体は元に戻っていくという安心感もありました。思ったよりも簡単に終わってしまったというのが中絶手術の感想です。
かかった病院名 秋田県の石塚医院です。

最後に 今中絶手術をされている人に伝えたいことですが産める環境が整っているならばぜひ産んで欲しいと思いました。ただし産めないという状況にある場合は中絶をしなければなりません。きっと何かしら後悔があるかもしれませんがそれを糧にして前向きに失った命の分まで幸せに生きて欲しいと思います。麻酔がかかっているときに夢を見ました。それは希望の光で満ち溢れていた夢でありました。

年上の男性との不倫で出来た子どもを中絶した大学生の体験談

はじめまして。かもめと申します。
私が、人口中絶手術を受けたのは20歳、大学3年の夏でした。
大学2年の夏ごろに高校時代からお付き合いをしていた彼氏と喧嘩別れをし、それ以降奥さんとお子さんがいらっしゃる年上の方と道ならない関係に陥ってしまいました。30近く年上の方だったのですが、その方との間に赤ちゃんを授かってしまいました。

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普段、生理が比較的軽く、時期も定まっているのにその月は一週間たっても生理が来ず、また吐き気までは行きませんが、頭がもやーっとした感じがするなどいつもとは異なった体調の波があったため、念のためにと受診した近所の産婦人科で妊娠が発覚しました。
実際に受けた治療は、妊娠が分かった時期が早かったため『初期中絶』という手術でした。お医者様の説明では、子宮の中に治療器具を挿入し、子宮内の赤ちゃんを剥離するようにこそげとる…といった手術を行うとのことでした。私は、出産経験がまだなかったため、実際に器具を挿入する前に子宮経管という子宮につながっている入口部分を前処理で広げる必要があるとも言われました。手術自体は、麻酔をかけて行うため手術中の記憶はほとんどありません。ただ、麻酔導入の際に、まだ見たこともないけれど、確かに自分のおなかにいる赤ちゃんに対する罪悪感、今まで育ててくれた両親やかわいがってくれた祖父母の顔が脳裏に浮かび涙が止まらなくなってしまいました。
手術自体はほんの5~10分程度出終わる簡単なものだそうですが、私の場合は子宮経管がなかなか開かなかったため15分ほどかかりました。
妊娠初期に行う手術は、比較的母体編お負担が軽いこともあり、事前に当日帰宅か一泊入院かのいずれかになると知らされていました。午前中に手術を行ったため、病院で麻酔が切れ、気持ちが落ち着くまで休ませてもらい、その日の夕方には帰宅することができました。
中絶にかかった費用は、私が学生だったこともあり、相手の方が全額払ったので詳しい金額は知らされていません。後からネットで調べたのですがカウンセリングやエコーなどの事前検査、術後の薬代をトータルしておおよそ15万円程度だったのではないかと思います。

人口中絶手術を受けるまでは、自分がまさかこんなことになろうとは夢にも思っていませんでした。中絶をするのは、本やドラマの中だけ、自分とは縁がないもの…と思い込んでいました。たとえセックスしようとも、望まないタイミングで子供ができるはずはない…と、そんなことはないのにタカをくくっていました。さいたま市のTクリニックという病院で検査・手術をしていただいたのですが、たんたんと手術の準備を進められて驚き、悲しくなりました。中絶は珍しいことではないのだと感じたからです。

中絶を経験した身からすると、できればこんなことは他の方には経験してほしくないです。
しかし、一方でもしも妊娠発覚が遅れ中絶できなかったら…と考えると恐ろしくもあります。今でこそ、社会人として仕事もしていますが、もしあの時中絶せずに子供を産んでいたら、今の生活は間違いなくありません。親が倒れたときの病院代を出すような余裕すらなかったでしょう。
私が中絶したことは、両親を含めた親族も知りません。友人にも話していません。私と不倫相手の方だけしか知りません。
特に後遺症と言えるような症状は今のところ出ていませんが、これから先も何もないとは限りません。仮に子供を授かったとき、生まれた子供に一生、生まれてくることのできなかった赤ちゃんの面影を見出してしまう気がして怖いです。そもそもこの先、ちゃんと子供を授かることができるかさえ分かりません。一度授かった命を、生み育てることすらできなかった私に宿ってくれる赤ちゃんはいるのでしょうか。どうか、自分の体を大切にしてください。

浮気していた彼からおろして欲しいと言われ中絶した大学生の体験談

まる子と申します。私は21歳の時に中絶を経験しました。当時はフリーターとして働いていた頃でした。なかなか男性と上手くお付き合いができない私は彼氏が出来てもすぐに別れてしまうような状態でした。そんな中、自暴自棄にもなっており、出会い系サイトで知り合った男と交際していました。ものすごいチャラチャラした人でしたが、私としてはその時は誰でも良かったのだと思います。

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そんなときに私がアルバイトで働いていたところに社員が配属されてきたのです。私より3つ年上の社員さんでした。アルバイトと社員が一緒に働くなんてどこでもあるような光景です。特に気にも止めていませんでした。
一緒に働くようになって、だんだん会話も多くなってきました。元々男前だったということもありますが、特にその接し方が上手でだんだん私は彼の虜になっていってしまいました。彼女がいるというのも知りながら、そして自分に彼氏がいるにも関わらず。
そして冬になり、忘年会が開催されました。その時にはすでに社員さんとはかなり仲良くなっており、私が好意的ことも知っていたはずです。忘年会が終わりに近づくにつれてだんだんといい雰囲気になっていっていました。そしてみんなが解散していくなか、二人で別のお店に行くようになったのです。その後はそのまま彼の家へ。もちろんその日に行為までいったことは間違いありません。私もそのつもりで彼の家に行ったわけですから。
私は彼氏とは別れました。そして社員さんとの秘密の関係のスタートでした。というのも社員さんは彼女とは別れてくれませんでした。嫌われたくなかった私は彼にそんなことまで言うことは出来ませんでした。そして2番目でもいいと思うようになっていました。
そんな関係が半年ぐらい続いたある時、ついに問題は起こりました。そう、私の妊娠です。彼は常にゴムを着けないでやるタイプであったため、必然と言えばそうかもしれません。正直わかったときはどうするべきか悩みました。もしかしたらこれで彼と結ばれることができるかも知れないと内心喜びがあったのも事実です。
さすがに隠し続けることはできないため、彼に正直に話しました。すると彼は黙り混んでしまいました。そしてしばらくして出た言葉は「さすがに産むのは。」といった否定的な言葉でした。確かにいきなりすぎて訳がわからないのは理解できます。しかし否定されるとは思っていなかったため、自然と涙が出てしまいました。
それからは彼からの説得でした。産まないでほしい。お金は払うからおろしてほしい。悲しさもありましたが彼を苦しめたくもありませんでした。そして私は中絶を決意しました。
それまでに産婦人科で赤ちゃんの写真を撮っていました。ほんの指の先ぐらいの小さな赤ちゃんです。しかし中絶を告げるとあっという間に手術までの説明をされました。そして後日中絶手術を受けました。
麻酔を受けてからの手術のため痛みはすぐにはありません。しかし部分麻酔のため意識はあり、しかも自分の性器の中を掻き出されている感覚があります。なんとも言い難い感覚です。手術自体はあっという間に終わってしまいます。
手術後はただただ痛みとの戦いでした。麻酔が切れるとお腹の奥の方から痛みが永遠と襲って来ます。3時間近くは全く身動きがとれませんでした。さすがに彼が付き添ってくれていましたが、なんとも言い難い表情でした。
費用に関しては彼が払っていましたが、10万弱かかりました。お金より心の中から空っぽになったようなむなしさのほうがひどかったです。
手術が終わり、数日後に赤ちゃんの写真を見たときは自然と涙が溢れました。たった数ヶ月だけの間でしたが、間違いなく私の中で生きようとしていました。それを絶ってしまったのです。そう思うと罪悪感に教われ毎日が辛くなっていました。自然と彼と会うことも辛くなり、アルバイトも辞めてしまいました。
中絶をすることは確かに二人で決めることですから悪いことではありません。でも間違いなく女性には傷が残ります。痛みがあるからこそ記憶からなくなることはありません。一生背負っていかなければならなくなります。なんとかこの事実をみんなにも知ってもらいたいのです。中絶をすれば終わりではありません。その後のことを考えて最良の決断をしてもらいたく思います。

18歳で中期中絶を行った女子高生の体験談

私が妊娠中絶を経験したのは、18歳の誕生日を迎える直前でした。
妊娠していることに気づいたのは卒業式の数日後です。
当時高校を卒業し就職を控えていた私は、3月末には入社式を兼ねた1週間の泊まり込みの研修を予定していました。

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実は妊娠に気づいたとき、初期の中絶手術が可能な期間を過ぎていました。
看護師さんによると人によっては胎動を感じる人もいるとのことでした。
その期間にあった出血を生理と勘違いしていて、体調が悪いのも冬の風邪だと思い込んでいました。
子供の父親は当時付き合っていた彼氏です。
お互いなんとなく付き合いが始まり、3か月くらいで音信不通で別れてしまったので、妊娠が分かった時には当然彼氏と連絡はとっていませんでした。
急ぎ彼氏と連絡は取れましたが、お互いに結婚という事実に目が向かず、中絶を決意しました。
ところが、一般的な中絶と違い強制的に陣痛を起こし子供を外に出すというものでした。
手術というよりは普通の出産と同じです。
中絶するならばすぐにでも取り掛からないと時間がないということで、妊娠しているという実感もなかったですし、今から出産と同じように子供を外に出すということに何も感じていませんでした。
母親には黙っていたかったのですがそれも叶わず、入院しなければならなかったため母にすべて面倒を見てもらいました。
当時は自分のことで精一杯でしたが、あの時の母の表情や病室で交わした言葉は今は思い出したくないほど辛いものです。
あの時自分のことばかり優先し、生んであげられなかった子供と子供が大好きな父と母に沢山悲しい思いをさせてしまいました。
10代で分娩台に乗り、出産と同じ形で中絶を経験したのですが、あまり痛みを感じず、入院して2日目には中絶してしまったので、あっけなく終わってしまったなという感想です。
亡くしてしまって初めて妊娠を実感しました。
ちゃんと人のかたちをした子供がお腹にいたんだと思うと今でも胸が痛いです。
そして今、2度目の妊娠で子宮外妊娠し卵管がひとつありません。
次の妊娠でも子宮外妊娠をするのではないかと、今後は子供は望めないのではないかと不安です。
あの時失ってしまったものはもう取り戻せません。
何故自分を一番に優先してしまったのか、違う道を選ばなかったのかという思いです。
悔やむことばかりですが、いつかきっと我が子に会える日がくることを望みながら過ごしています。
中絶を考えている方、本当にその選択で間違っていないか、後悔しないかとじっくり考えてみる必要があると思います。

不倫相手との妊娠のために中絶した20歳の体験談

・ニックネーム
marie

・中絶手術を行った歳
20歳

・中絶の理由
妻子ある方との不倫による妊娠の為

・治療内容
入院1日・翌日に中絶手術、手術後は2時間ほど休んで退院

・治療期間
手術の1週間後に検診のみ、異常なしだったのでその後の通院はなし

・かかった費用
10万円前後

・感想
結婚も出産も経験をしていない独身の時の中絶手術なので、初めてのことばかりで不安しかありませんでした。好きな人の子供だったけれど、結婚できなかったので辛かったです。中絶手術の最中は短時間だったにも関わらず、ものすごく長時間に感じました。とても痛かったことを記憶しています。

・できればかかった病院名
矢野産婦人科(個人医)
・その他今中絶手術をされている人に伝えたこと
現在45歳になります。子供は一人だけですが、16歳の高校生(男)です。素直に優しい子に成長してくれていて可愛くてしかたがありません。

もし中絶した子が中絶せずに生んであげていたら、もう25歳の成人になっているので、そろそろ結婚とか騒いでいる年齢でしょうか?生きていたらどんな子どもに育っているだろうとか、息子の兄か姉になっていたのかなぁとか、色々考えることもあります。

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安易に性交渉をもって子供が出来て責任がとれたらいいけれど、そうでなく中絶ということになれば、生まれることのできなかった子供の人生を奪ってしまうことになります。それってものすごく大きなことだって思うんですよね。いま高校生になる息子を見る度に、反省をしてしまいます。中絶した子供が生きていたら、 その子はどんないい経験をできたのだろう、私はそれを奪ってしまったのだからと、自分を責めてしまうからです。

10代の半ば頃にもなると、異性に関心が出て当たり前だし、性的関係にも興味が出て当たり前です。好きな異性と思いを通じあえて性的関係を持てたとき、この上ない幸せを感じますし、愛されている充実感に満たされます。 もちろん性的関係の気持ちよさにも溺れることもわかります。性的交渉というものは最高の幸せから、一歩間違えると最悪の事態を招きます。天と地と、といったところでしょうか?

私の場合は20歳の時なので、バブルがはじけたけれどまだまだその景気の良さを引きずっていて調子に乗っている時代でした。仕事の帰りに車に乗って、友達と居酒屋やショットバー廻りを夜中までして、遊び回っていました。

中絶手術をした相手の方とも飲みに行った先で隣に座ったことがご縁です。 同じお店でよく話をするようになり、とても年上だったし紳士な方だったので、惹かれるようになりました。

そうなると性交渉に至るまで、大して時間がかかりませんでしたが、その度に避妊具は使いませんでした。性交渉がある度に幸せでした。 でもお付き合いを初めて半年経った頃、いきなり生理が止まってしまいました。

もしかして…って、妊娠判定具を薬局で購入し、一人で判定、妊娠が発覚した時には真っ白になりました。一人で産婦人科を受診して「2ヶ月半」と言われ、それから妊娠したことを彼に伝えました。彼には綺麗事を並べられましたが、相手にすれば結局は遊びだったんですよね。腹が立ったので中絶手術の費用は出してもらいました。

中絶手術の後は体調も悪かったですが、仕事を休むわけにもいかず、会社に中絶手術をしてたお貼付長ですとも言えず、ものすごくしんどい思いをして出勤したと思います。精神的にも辛くて、長い期間、泣いて落ち込んでいたことを覚えています。

間違った性交渉で痛い目を見るのは女性ばかりです。よくよく相手を選んで、交渉をしないといけません。私は結婚して出産できましたが、無茶をすると出産できなくなっちゃう女性もいるわけですから。女性は自分を大切にしないといけません。きちんとした相手ならいいですよ、間違った相手を選んで失敗をしてしまうと、年齢を重ねる度に、自分を責めることしかできなくなります。

21歳に2度の中絶手術を行った女性の体験談

ニックネーム:反省しているオバサン

私は21歳の頃に2度中絶手術を経験しています。約30年前のことです。その後子供はいません。
まだまだ子供で就職して間もない頃でしたので、「産む」「育てる」「母になる」「結婚する」この全てが自分の中には一つもありませんでした。妊娠が確定した時には中絶しか選択肢が思い浮かばなかったのです。
当時は高校の同級生だった大学生の彼に、確かに愛されていたのだと思います。休日はいつも私の行きたいところで遊び、残業時には迎えに来てもらい、飲んで家に泊めてもらい、お母様とも仲良くしていました。

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彼は私のすることに反対はせずいつも協力してくれ、当時約3万円の中絶費用も折半してくれました。2度とも短期間に同じ相手でしたので、どこかで「産む」選択をしていたら一緒に頑張ってくれたと思います。我儘な私と別れ、今は子供を持ち幸せでいるようです。

手術は日帰りでした。残念ながら病院名は忘れてしまいましたが、○○産婦人科といったような、よくある開業医の病院でした。朝いちばんで病院に行き、順番が来て手術を受けたあとは落ち着いたら自分で起き上がって支払いを済ませて帰るという、おそらくあまり好ましくはない方法です。

名前を呼ばれて手術室に入り、自分で手術台に上り、麻酔が施されました。
気が付いた時には、布団が何枚も敷いてある広い畳の部屋に寝かされていました。隣にも同じ手術を受けたであろう方が横になっていました。手術が終わったばかりと思われる人が、看護師さん数人に抱えられて運ばれてきて、他の布団に寝かされました。その人は、意識は無いはずですが目から涙が伝っていたのも見えました。
おそらくその病院では、中絶手術の日には何人もが順番に手術を受けていたのだと思います。中絶手術を終えた人たちが、野戦病院のように次々と寝かされていくのです。枕元には着ていた洋服と洗面器を置かれて。
寝ている間は、吐き気と子宮収縮による腹痛に耐えていました。周りからは吐く音とうめき声が、静寂の中で時々聞こえました。冷静に思い出すと壮絶な光景です。私は比較的回復が早く午前中のうちには病院を後にしていました。あの時同じ部屋で寝ていた人たちは問題なく回復できていたでしょうか。

おそらく若かったこともあり、術後に体調を崩すこともなくその後元気に過ごしました。それまで落ちていた食欲が術後に一気に戻り、美味しそうにもりもり食事をする姿を、当時の彼がとても喜んで見ていたのを覚えています。
手術を受けた頃は中絶という事実に対して自分自身の中でもあまり現実味がなく、むしろ「元気になってよかった」と思っていたほどでした。しかし「自分は悪いことをしたんだ」という思いは拭えず、その後は「結婚なんてしないで、いつまでも元気に遊び回る」ことが信条となったように思えます。
たくさん仕事をし、趣味も頑張り、遊びにも行く。30歳を過ぎても40歳を過ぎても、結婚をするとか子供を産み育てるということが考えられないほど、忙しい毎日を送りました。

30歳を過ぎて、甥っ子と姪っ子ができました。両親が離れていたため、妹の結婚式の準備も親代わりでしたので、自分のことなど考えもしませんでした。同じ頃、趣味を通じて子供と接する機会が増えてきました。この頃から初めて、「自分があの時子供を産んでいたら」だとか「私はまだ子供を持つことができるのだろうか」と時々思うようになりました。
10年以上経ち、40歳に近くなってから、やっと本気で後悔したのです。

中絶を選択する理由は様々だと思います。経済的なこと、身体的なことで泣く泣く選択される方も多いでしょう。もし可能であれば、やはり産む選択をしてほしいです。「産むのは本当に無理なのか」と考え、周りに相談してみてほしいと思います。私に欠けていたのは、誰かに相談する勇気です。
妹の育児も目の当たりにしましたので、育てるのはそれはそれは大変です。でも子供が育っていくのは本当に嬉しくて楽しいものです。自分にそんな大事な可愛い存在が居たら、今とは違った、それもまた楽しい人生を送れていたでしょう。
産んでも産まなくても、楽しい人生はきっと送れると思います。悩んでいる人が居るなら、できれば子供を産んで、「楽しい」プラス「嬉しい」と思える人生を送ってほしいと思います。

就職が決まった時に妊娠が発覚し中絶をした女性の体験談

私ユウが中絶手術を初めてしたのは大学生だった二十二歳の時でした。
中絶をすることになった理由は、まだ私自身大学生でこれから働くことになる希望の企業の内定が決まっていて、子育てしながら働くことができる自信がなかったからです。
それにもし私が自信があったとしても、お腹の子供であった父親とはまだ結婚していなくて、しかもお互いに就職を控えていた時期でした。

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なので、私も彼を目の前にしてそれでも産みたいと言えるわけもなく、当たり前のように中絶という選択肢しかなかったように当時は思えました。
幸い母には打ち明けることができて、就職する前に元の体調に戻るように中絶するなら早くしたほうがいいということを言われて、本当はまだお腹の中の子供と一日でも長くいたいと私は感じていたのですが、結局私のために一日でも早く中絶する準備をすることになったのです。
中絶手術はまだ胎児が十六週目でしたが中期という位置付けでした。
たった一週間でも胎児にとって成長があるので、私が考えていたよりお腹の中の胎児は育っていたようです。
なので母体に負担が少ない方法の初期は選択することができませんでした。
母は友達に中絶手術をした人がいるらしく、頭の中にすでにイメージできているのか、私より落ち込んでいた気がします。
中期の中絶手術はまだ成長していない胎児を陣痛を医療的に発生させて産むというものでしたので、何のお産の覚悟のできていない私はとても戸惑いました。
それにその中絶手術はまず子宮の入り口を棒のようなものを入れて開くので、私はものすごく痛くて悲しくて泣いてしまうどころではありませんでした。
入院してやっと四日目に人工的に破水をする医療を行い、そして中絶手術が終わりました。
産むことも、中絶手術も初めてのことでしたので、精神的にもとても順調とはいえず時間もかかりました。
だけどそのあと退院してからも治療期間として病院に二回通いました。
治療期間最後まで合わせると六日間かかったことになりますが、その間も、それが終わっても家から外出できる精神状態ではなく、誰にも会いたくない気分でした。
かかった費用は手術費用と入院費用含めると約三十万円かかり、私一人ではどうにもできなくて私と彼の親に工面してもらいました。
中絶手術をして私は私をとても責めています。
一番謝りたいのはお腹にいた私と彼の赤ちゃんへです。
就職前だというのに軽はずみなことをしてこういう結果になって、いろいろな人を傷つけてしまったと深く思っています。
本当の出産を経験したことのない私は、中絶手術の痛みと比べることはできませんが、本当の出産なら痛みに耐えたあとに新しい命という喜びが待っていてくれると思うのですが、中絶手術のあとにはそういう苦労や辛さに耐えた喜びがありません。
その虚しさが私を後悔させることになっているのだと感じました。
今、中絶手術をしている人には、私が伝える言葉があるとすれば今度は幸せなお産をしようねということです。
人のことばかり言えませんが、わかったことはこの悲しみややるせなさを癒せるすべはきっとないのだと思うということです。
それくらい私も胎児の母親としてあるまじき行為だったと考えています。
なので、次に病院を訪れる時は絶対赤ちゃんを育てる覚悟がある時にしたいと強く思っています。
もちろん出産は私一人だけでなく、パートナーの存在も大きいのですが、これまでお互いに命について軽く考えていたのかもしれません。
でも今は彼も私も命の重さについて誰よりも理解している気がするのです。
なので中絶手術をしている人や考えている人には、この経験を忘れるのではなくてちゃんと次の本当の出産の時まで覚えていてほしいし、私もそうでありたいなと感じています。